「女児」を生むことが、女王になる条件。
愛憎劇って書くと、何となく昼ドラっぽくて少し敬遠する部分があった。
ただ、短編等で様々な恋愛の形を描いた磯谷友紀先生が、「産む」ことやそれに至るまでの過程を、どのように描くかに非常に興味があった。
読んだ感想としては、この愛憎劇は「濃い」というより「深い」気がする。
傷つきながら、人を想うこと、人に想われることを知っていく。
確かに、多少ドロドロした展開ではある。
しかし、間違いなくこの漫画は面白い。
仲の良かった姉妹には、もう戻れない
この物語は、女系国家に生まれた二人の姉妹が主人公だ。
母である先代女王が無くなり、姉妹のどちらかが王位を継承する。
その女系国家において、先に女児を産んだ方が王位継承に優位というのが、この姉妹にとって、不幸なことだった。
「先に生まれた」ことや、「優秀」であることが優先されていれば、姉のエストレーラがすんなりと王位を継承し、こじれることは無かっただろう。
妹・ルアは王位に興味がなかった。
優秀でしっかり者の姉が、王位につくだろうと何となくおもっていた。
何となくでしか考えることが無かった彼女は、ためらいもせず愛に生きたことから、物語が大きく動き出す
ルアは、兄(異母)であるアフォンソに抱かれる。
姉のエストレーラが、彼を好きだったことに気づかずに。
この幼さが、物語の愛憎を一層深いものにしている。
とはいえ、兄であるアフォンソにも当然目的はあった。
御しやすいルアを王女にしたいという思いが。
エストレーラの存在は、彼に取ってはむしろ邪魔ですらあったのかもしれない。
アルフォンソは、愛を持って女性を抱いているわけではない。
ルアが女児を産み、その父親が自分であれば良い。
それが、彼の望みだと思っていた。
しかし、ルアの幼さが読んだ間違いにより、ルアが不義の子を産んだ時。
御しやすいと思っていた相手が、自分以外と心を通わせていたことを知った時。
彼がルアを愛しているように見えてしまったのは、私の気のせいだろうか。
子が生まれたときには少し寂しげに、それでいて憐れむようにルナを見ていてアルフォンソ。
ただ彼はもう、ルナを選んでしまった。彼の望みをかなえられるのは、ルナしかいない。
ルアを抱きしめる彼の姿は、どこかすがっているかのようにさえ見えた。
この物語をこじらせた一番の原因は、間違いなくルアだ。
ただ、彼女も悪気があったわけではない。深く考えず、流されて生きた結果、そうなっただけだ。
その代償は、あまりにも大きかったけれども。
想うこと、想われること
この姉妹は、想うことも想われることも、女性として非常に未熟だ。
王女という立場もあり、そういった感情の機微に疎い部分もあるのだろう。
ストーリーが進むに連れて、二人共少しずつその部分が成熟していくのが分かる。
それでいて、成熟の仕方が違うのが、またこの漫画の面白い部分だ。
姉は傷ついて、妹は傷つけて。
そうやって、人を想うこと、想われることを学んでいく。
エストレーラは、偶然であった楽士を好きになる。
楽士・ジョゼはその想いを拒絶するが、その時に彼女が取った行動こそが、傷ついたからこその姿だと感じた。
ルアと違い、エストレーラはどこか、本心ではない部分で話しているように感じていた。
どこか取り繕っているかのように。
兄であるアルフォンソを妹に奪われた際も、彼女は泣いたりはしなかった。
だが、ジョゼに自分を受け入れてもらいたいと思った時、彼女は泣いていた。
傷つきながら、人を想うことを学んだからこそ、曝け出した感情だったように思う。
王女ではなく、一人の女性として。
それが正しいことかは、分からない。それでも、私はそれが「成長」だと思った。
エストレーラの恋愛関連には、もう一人重要な人物が存在する。
彼女の従者である、シドニオだ。
彼も権力者の息子の一人で、父親からはエストレーラに彼が娘を産ませるように言われている。
だが、彼はエストレーラの一番の味方になっていた。
父親の意向に反しても、エストレーラの望みが叶うように努力した。
だからこそ彼は、エストレーラの願いを聞き、身分の高くない楽士であるジョゼを、王宮に引き入れる。
これがまた、読んでいて心苦しい。シドニオもまた、エストレーラのことが好きなのだ。
好きだけれども、他の男を引き入れることを許してしまう。彼女の望みを、叶えてあげたいが故に。
この漫画において、彼が一番、私に切なさを伝えてくるのだ。
シドニアこそが、自分の心に一番蓋をしている人物だから。
あなたは私が他の男の子供を産んでいいの?
作中で、エストレーラにそう尋ねられるシーンがある。
シドニアは、答えられない。
そして王女が去った後に、絞り出すかのようにこう呟くのだ。
王女には王女のしがらみがあるように、従者には従者のしがらみがある。
自分の気持ちに蓋をして、王女が他の男と心通わせる姿を見る。
いや、その手引きさえするのだ。
切なくて、苦しい。
もう1つ、印象的なシーンがある。
シドニオが倒れた時、エストレーラはお見舞いに来る。
その日は彼女の誕生日ということもあって、エストレーラの去り際に、「18歳のお誕生日おめでとうございます」という姿が、また切なかったのだ。
それだけは伝えたかったというのが、どうしようもないくらいに伝わってくる。
はっきり好きだ、というような描写ではない。
ただ、隠しきれない気持ちが、言葉や仕草の端々から溢れてくるのが、たまらなく切ないのだ。
この言葉を受け取った時、エストレーラに一瞬の間があった。
健気さに、ちょっと可愛いと思ったのかもしれない。その感情が変化する可能性があるのか、今後の展開に注目したい。
終わりに
まさに、愛憎劇にふさわしい展開だった。
※この感想は2巻の内容も含んでいる
王女たちが傷ついて、傷つけて、人を好きになることを学んでいく。
ルアに関しては、もう自分でもどうにもならない流れに、飲み込まれている印象が強い。
しかし、その流れの中で、彼女は何としても成し遂げたいことを見つけていて。
ある種の「強さ」を感じたりもした。
ちなみに、「3月のライオン」の羽海野チカ先生もファンらしい。帯情報ね(笑)
※試し読み
www.hakusensha.co.jp