もう描かなくなったあの人へ
そんな帯に描かれた一言を目にして、本屋でふと足を止めました。
買って読んでみると……うん、ちょっと目頭が熱くなったんだ。
題材は漫画ではあるんだけど、これは何かに憧れてその舞台に立って、憧れが舞台を去ったとしても、その舞台で何かを続けている人たち全てに響く物語だと思います。
同時に、その舞台を去った人へも響く。
宛名のない手紙、そんな印象をこの作品に感じました。
私はここにいるよ
同人イベントのあと、あの喫茶店のテーブルには、漫画を描く人が4人いた。時を経て、漫画を描き続けているのはプロの漫画家となった千畝ただひとりとなった。心の中でくすぶり続ける、同人時代の憧憬、情熱、そこにあった原点。そんなある日、もう描かなくなった憧れの人と街中で出逢う。同人誌の世界を舞台に、人生の岐路に立つ女性たちの気持ちが、優しく切なく静かに染み渡る、表題作「結んで放して」を含む、珠玉の短編集。
短編の中でも、やはり表題作である「結んで放して」が一番印象的です。
誰かに憧れて。同じ舞台に自分がいることを知ってもらいたくて。
漫画に限った話ではないけど、自分のあこがれの存在に、自分を知ってほしいと思うことは当然の感情だと思います。
ファンだけど、ファンじゃなくて。
同じ世界で生きる、仲間として認められたくて。
同じように、作ることに情熱を持っている人たちが集まれば、話も盛り上がる。
その相手が憧れの人だったら、きっとそれは夢のような時間。忘れられない時間。
いつしか、あこがれの人は漫画を描かなくなっていました。
そういうことも、世の中には普通にあります。
でもそれが、なんで寂しいかと言えば、4人で語り合った時間が、同じ情熱を持った同志で漫画を描いた時間が忘れられないからでしょう。
プロになっても。連載を持っても。
あの時間が色褪せることはなくて。周りが描かなくなるなか、思い出だけが色褪せないから寂しくなる。
きっと誰しも、似たような経験はしたことがあると思います。
取り残されているような感覚を、読みながら思い出してしまいました。
憧れの人は、今は漫画から遠く離れたところにいて。
会えたことは嬉しい。でも同じくらい寂しい。
でも、寂しいだけじゃこの漫画は終わりません。
4人が1人になっても、書き続ける。
去り際に言われた言葉で、また胸に灯火が灯る。
いつか、憧れたあの人に言いたい言葉で、物語は締められます。
これ 私の漫画です よかったら読んでやって下さい
色々と含みを持たせているこの言葉が、私はとても好きです。
字面通りだけじゃない意味が、きっとこれには含まれていて。
私は漫画家ではないけど、それは分かりました。
どんな意味か……までは正確に分からないので、以下は私の推測です。
私はここにいるよ。今もこの場所にいるよ。
だから、いつでも戻ってきてね。
そんなメッセージが、込められている気がしました。
少しぶっ飛んだ話かもしれませんが、天地無用に「恋愛の時空」という曲があります。
その歌詞を、この作品を読み終わった後にふと思い出しました。
もう一度始まる いつだって戻れる 長い時間をかけた最高の恋だもの
恋ではありませんが、創作だって同じなのかもしれません。
昔いたその場所で、かつての仲間が今も頑張ってくれているのなら。
もう一度始められるし、いつだって戻れる。
そんな素敵なことを、考えさせてくれる作品でした。
終わりに
完全に表紙買いってやつですが、とても素敵な作品でした。
内容としてはビターな短編集ですが、読後感が非常に良い。
表題作以外の短編も、少し切なく、だけど優しく心に触れてくる感じが大好きです。
いやあ、良い漫画買いました!
表題作は試し読みできるので、ぜひ実際に読んでみて下さい!
【試し読み】
seiga.nicovideo.jp