文化庁メディア芸術祭マンガ部門の受賞作品を収録した単行本、「夜とコンクリート」。
惑星9の休日でこの作者にどハマりしてしまった私ですが、今作も非常に素晴らしい短篇集でした。
表題作の夜とコンクリートも素晴らしいのですが、夏休みの町という作品で泣きました。
表題作「夜とコンクリート」は、建物の声が聞こえる人が登場します。
声が聞こえると言っても会話できるわけではなく、建物がラジオのように発信し続けているだけなのだと。
その感覚は、私にはよく分かりません。声が聞こえませんから。
しかしその一方で、建物も人間と同じように眠る時間があると言います。
主人公である男性も、彼の発言が正しいのかどうか定かではありません。
それでも始発電車が動き出す頃外に出ると、前者は分からなくても後者は何となく感じることができました。
朝焼けの町はあまりにも静かで、目に映るコンクリートジャングルは確かに眠っているようで。
建物も眠る。
私たちは、夜明け頃の町にそう感じることができます。
あまり描き込まれない背景に、あの夜明け頃の寒さを、指すような空気を私たちは想起させられます。
世界に自分だけが存在するようなあの感覚は、建物が眠っているからこそ得られるものなのかもしれないと思ったり。
この洗練されたシンプルな線は、味わい深いというレベルではなく、その情景を私たちの心にヒシヒシと伝えてきます。
なんて心地良いのだろう。
素直にそう思いました。淡々と描かれるこの物語の静けさは、読者の心に確実に響くものでした。
「夏休みの町」は、夏休みの学生と友人を救おうとし続けている老人の話です。
世界大戦中に未確認飛行物体に囚われた友人を救うため、66年間探し続けて世界を超えてきた老人に、若さと暇さが合わさった大学生が協力します。
この物語の良さはぜひ読んで確かめて欲しいので、あまり多くは書きません。
読んで、泣いてしまいました。心の奥深くに、強く強く響いてきました。
ぜひ読んでこの体験をして欲しいので、逆に感想は書き辛いというのが難しいところなのですが。
ただ派手さはなくともちょっとした描写の1つ1つが、じんわりと胸に染みてくるんですよ。
66年間友人を探し続けてきた老人と共に、花火を見る場面があります。
きれいだ
主人公が思わずそちらに振り向いたように、この一コマで彼の人生が感じられました。
感じられるのは、その途方も無い孤独。
戦友を失ったこの飛行機乗りは、一人で飛び続けていました。
キレイ……、彼は戦友を失った後、何度そう思うことがあったのでしょうか。
全てを、戦友を探すことにつぎ込んだ彼の人生が、この一コマで断片的にではありますが伝わってきました。
この後文字による最小限の孤独に関する補足がありますが、その背景の演出が憎い。
最初は遠くから見た町並みを描き、次は揺れる雲を描き、最後に雲海とその上に広がる空を描き。
飛行機乗りが町から飛び上がり、離れ、空高く舞うようなイメージをこの孤独の描写の背景に使うという手法がもうね。
一人で飛び続けていたという言葉の重みを、より私たちに感じやすくさせています。
簡素な背景が静かに訴えてくるこの感覚は、他に例えることができません。
ただ深々と、その孤独が心に降り積もる。
また、町田洋先生の「間」の取り方が私はとても好きです。
セリフのないコマで、時間の流れを巧みに表現します。
言葉を聞き終わり、考える素振り。僅かに動く体と髪。そして近づく顔。
言葉を聞き終えた僅かな時間の中での行為が、刹那にも似た「間」があって行われていることが分かります。
タメが時間の流れを遅くし、僅かな時間の流れを私たちにマジマジと体感させます。
この「無音のコマ」が私たちの感覚をコマに集中させ、私たちはその場面に魅入ってしまうのですよ。
線だけでなく洗練された「音」もまた、私たちの心にそのシーンをより深く印象付けています。
「蒼いサイダー」という話でも、「無音のコマ」で間を巧みに表現しています。
言葉を聞いて、その真意を理解して赤面し、返答する少女。
ここに「無音のコマ」を2つ繋ぐことで、その僅かな時間でも人物にいくつかの変化が起こっていることが丁寧に私たちに伝えられています。
ちょっとずつ動く顔などの描写からも、それがよく分かります。
そういった「無音のコマ」による間の取り方が、同時にこの作品全体の淡々と進む物語の「静けさ」を形成しているのかなとも思ったり。
この「夜とコンクリート」は、全編を通して静けさを強く感じさせます。
そして丁寧に紡がれた物語が、深々と雪が降るように心に降り積もり、静かにゆっくりと、けれど確実に心に響いてきました。
「静けさ」が心に響くという体験を、漫画で経験したことは私は恐らくありません。
そう簡単に体験できることはないでしょう。それほどの作品だと私は思っています。
今年1番の短篇集になるのではないでしょうか。
こんな風に思ってしまうほど、心に響いてきました。
ぜひぜひ、読んで下さい。心からオススメします。