いつかたどり着く

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いつかたどり着く

漫画とかの駄文書く。

1日だけ、ゲッサンを嫌いでいることを許して欲しい。「ふだつきのキョーコちゃん」連載終了が納得できなくて

漫画

僕の好きな漫画、ふだつきのキョーコちゃんが、今月最終回を迎えました。


終わらない物語なんて、オンラインゲームで謳われていたものもあった気がするけど、大多数の物語には終わりがある。
好きな漫画も、いつまでも続くわけではない。
僕もそれは、十分理解しています。


でも、ふだつきのキョーコちゃんの場合、それが本当に、充分に物語を描いた上での終わりだったのか。
僕には、そうは思えません。


この記事を書くことで、僕自身にプラスになることは無いし、誰かが得をするということはないでしょう。
それでも、好きな漫画が納得できない終わりを迎えて、それをただ仕方ないと、何も言わずに受容することは僕にはできない。
なぜ納得できないか、気持ちの整理も含めて書いていきます。

納得できていない理由①キョーコちゃんがキョンシーになった理由


ヒロインのキョーコちゃんは、キョンシーです。
普通の食事はできず、栄養は兄のケンジの血を吸って補給しています。


ただし、兄のケンジはキョンシーではなく、一般の人間です。
普通に食事をし、吸血行為をするということはありません。


兄妹でも、兄は一般人で、妹はキョンシー。
普通に考えれば、兄のケンジもキョンシーではないでしょうか。


可能性としては、3つくらい考えられます。


①ケンジとキョーコが義理の兄妹
②隔世遺伝のように、キョーコだけがキョンシーとして生まれてしまった(幽遊白書的な。あれは途中で覚醒だけど)
③後天的に、キョンシーになった


このあたりを明らかにするには、ケンジ・キョーコ以外の家族の存在がキーになっています。
その家族は、ケンジたちと同居していません。


高校生、二人だけの暮らし。
親が海外で……等、理由は考えられなくないですが、両親の存在に触れられる話で、別居の理由はキョーコに関係していることが示されています。


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キョーコの目線のそらし方が、非常に印象的です。
その後のケンジの言葉から、生存していることは確定しています。


恐らくは、キョーコのキョンシーの力を忌避して、離れているのではないでしょうか。


それを聞いた日比野さんは、ケンジのことを全然知らないという事実を、改めて実感していました。


未読の方でも、ここまで読めば、当然その部分は描かれるものだと思うのではないでしょうか。
残念ながら、最終回でもそのエピソードは描かれることはありませんでした。


僕は、キョーコちゃんがなぜキョンシーになったかは、描かれなくても物語は綺麗に完結できたと思っています。
ただそれだったら、なぜ「家族」不在を意識させるシーンを描いたのか。


あのシーンは明らかに、キョンシーであるがゆえの、家族の離散エピソードを意識させるものです。
だから当然、僕はその部分が描かれるものだと思っていました。
ひいては、ケンジとキョーコの家族愛の象徴とも言える話になるとも考えていました。


だって両親はキョーコの側を離れたのに、ケンジはキョーコの側にいる選択をしたのだから。

※キョーコ起因では間違いなくあるにしろ、両親からキョーコへの愛情が無いかは断定できませんが


この話が描かれるのを、僕はずっと楽しみに待っていました。
しかし残念ながら、最後までこの話は描かれること無く、最終回を迎えてしまいました。

納得できていない理由②駆け足で描かれた、ヒカリの恋

 

キョーコの友人・ヒカリは、中学時代の真面目だったケンジに恋をしていました。
黒髪に染めたケンジをたまたま見かけた時、普段の男勝りな顔を引っ込めて、歳相応の少女らしい顔になります。


その中で、ヒカリへの想いを知りながらも、相手がケンジであることを教えたくないキョーコの葛藤が、読者の頬を緩ませていました。


ケンジは不良として、高校生会をおくっています。
しかしそれはキョーコのためを思ってのことで、本質的には恐らく中学時代と変わっていません。


僕の中では、ヒカリの想い人がケンジだと分かって初めは落ち込むけど、本質は変わってなくてやっぱり好きという展開になると思っていました。


が、その予想は現実にはなりません。


最終回の2話前にケンジの正体がヒカリに伝わり、そのまま彼女の初恋は終わってしまいました。


正直な感想を書きます。


駆け足だな、と。


物語的に、何話も話数を重ねるほどのエピソードではないかもしれませんが、秘密の発覚→思い出のエピソード→恋の決着が1話で描かれると、やはり駆け足という印象を持たざるを得ません。


これがスポットのキャラのエピソードたったら不思議ではありませんが、ヒカリはキョーコの数少ない(というか唯一)の友人です。
中学時代のケンジを意識する話も、これまで何度か描かれてきました。


その恋の決着が、あっさりと1話で描かれる。
流石にこの時には、もう物語を締めにかかっていることが、僕も理解できました。
凄く、悲しかったです。

※厳密には、次の話でもその残滓的なものは感じられましたが


他にも、ケンジのライバルキャラである生徒会長が、5巻終わりくらいから登場します。
キョーコを狙うキャラとして、場をかき回す役割を期待されていましたが、どうにも中途半端に終わってしまった印象です。
6巻では、日比野さんとケンジを近づける活躍をしたので、全く機能していないわけではもちろんありませんが。


このキャラを充分に描く時間が、恐らくはもう、無かったのでしょう。

結局、なぜふだつきのキョーコちゃんがこのタイミングで完結したのか


この話をする前に、大前提として、人気低迷による打ち切りでは絶対にありません。
単行本は何回か増刷されていますし、ゲッサンの表紙やセンターカラーを度々務めてきた、ゲッサン屈指の人気作品です。
人気不足は、絶対にありません。


ではなぜ、完結したのか。
上記で書いていますが、本来はもっと描かれるエピソードがあったと僕は思っています。
作者が当初予定していたことを、全て描いての完結とは僕は思っていません。


ただ、この最終回に関して、ゲッサン編集部や作者の山本崇一朗先生から、何かしらのアナウンスはありません。
編集部と山本先生が揉めたという可能性も、無いでしょう。


だから、正直「なぜ」かは僕には分かりません。


ただ、可能性としては、次号からこれまでゲッサンmini(ゲッサンの付録的なもの)で連載されていた「からかい上手の高木さん」が本誌で連載されることから、作者のリソースが足りなくなったのかもしれません。
本来は不定期(と言っても割とほぼ月刊)連載だった高木さんですが、今では高い人気を誇っています。


それを本誌での連載にする、という編集部の判断は正しいでしょう。
ただ、何も説明が無いがゆえに、それが原因で「ふだつきのキョーコちゃん」が終わってしまったように、僕には思えてしまいました。
実際は、それが理由か定かではありません。


でもやっぱり、何で終わってしまったんだろうという、悲しい気持ちが強いです。


終わりに

僕は、ゲッサンという雑誌が好きです。
今ある月刊漫画誌の中で、一番面白いと思うくらいに好きです。


好きな理由の1つが、今月最終回を迎えた、ふだつきのキョーコちゃんが読めるというものでした。
ふだつきのキョーコちゃんが終わり、来月からは高木さんの連載が始まる。
高木さんを毎月読める嬉しさもありますが、やはり残念な気持ちが今は強い。


下記記事でも感想を書いていますが、からかい上手の高木さんが嫌いなわけではありません。むしろ大好きです。


www.itutado.com


でも僕は、確かにからかい上手の高木さんも大好きですが、ふだつきのキョーコちゃんを終了させてまで、高木さんを毎月読みたいわけじゃ無かったんです。
ふだつきのキョーコちゃんをメインで描いて、たまにからかい上手の高木さんが載っている。
そんなゲッサンを読めれば、それだけで幸せだったんです。


誤解の無いように書きますが、この件でゲッサン編集部や作者にSNS等で直接文句を言うようなことはしません。
推測ではありますが、何かしらの事情があって、このような形になったと僕は考えています。


きっと、難しい判断だったのではないでしょうか。


そう考えながらも、この記事を書いたのは、読者がその部分を自主的に配慮して、受け入れる必要はないと思ったからです。
好きな作品が納得できない終わり方をした時に、何も言わないなんて、僕は気持ち悪くてできませんでした。
納得できない!って吐き出したかった。


好きな作品がこんな終わり方をして悲しい!
もっとこの部分を描いて欲しかった!


そういう気持ちを、読者は作者や編集部に配慮して、無理に貯めこむ必要はないと僕は思っています。
※あくまで無理に、です。


当然、吐き出す方法は考える必要はあります。それで何かを罵倒するような行為は、僕はやめるべきだと思います。
僕もこの文章は、そうならないように、かなり気を使って書いています(苦笑)


この記事を書いた目的は、誰かに、ふだつきのキョーコちゃんが終わって悲しんでいる読者がいることを、知ってもらいたかったからです。
どこかに、残しておきたかったんです。


吐き出してこそのファン、というわけではありません。
今思ったことだけど、吐き出す自分を許してもらいたいのかもしれない。
本当に、我ながらしょうもないな。。。


今回の件で、編集部や作者を批判する気は、さらさらありません。
繰り返しになりますが、僕はゲッサンという雑誌が大好きなので。


大好きな雑誌の大好きな作品だから、無理に自分自身を納得させるのが、好きという気持ちに嘘をついているみたいで、嫌でした。
だから、1日だけゲッサンを嫌いでいることを許して欲しい(勝手にやってろよという話ですが)


自分のもやもやを、吐き出す形の記事になってしまいました。
誰の得にもならない記事で、すいません。


こういう記事を書くのは、これで最後にしたいなあ。

※ちなみに、最終回自体は、綺麗な終わり方で良い話だったと思います。

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