いつかたどり着く

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いつかたどり着く

漫画とかの駄文書く。

3月のライオンの描いた「いじめ」と、自分のかかわった「いじめ」を絡めた話をする

別のブログで、3月のライオンに関する記事を書いた。

「3月のライオン」円く、柔らかい輪郭の人間に、たくさんのものを詰めて。

3月のライオンは、人の心を揺さぶる何かを確実に持っている。
戦いに対する闘争心だったり、極限の状態にありながらそれでも逃げないその人の「立場」や「意思」だったり。

それとは少し違うのだけれど、3月のライオンで描かれた「いじめ」の話は、自身の体験もあり色々と思うことがあった。
多分、大なり小なり今まで生きてきて、いじめに遭遇しなかった人はほぼいないはずだ。私も遭遇した。

それを踏まえて、色々と書いてみる。

3月のライオン 7 (ジェッツコミックス)

3月のライオン 7 (ジェッツコミックス)

まあまず学校に限らず、多分日本社会は排他的だ。
それはもう、空気を読まない、自分を含めた周りと「違う」人間に対しては徹底的に冷たい。
これに関しては、そういうものだ……とある程度割り切ってしまっている自分がいる。

少なくとも、自分は他人と違う行動を取るときにそういう扱いを受けるだろうという程度には。
これが強さか弱さかは分からない。変えようとせず見限っているから弱さなのかもしれない。このへんも自分でよく分かっていない。
とりあえず、前提として日本社会は基本的に排他的だ、というのが私の考えだ。


では、3月のライオンのいじめの話をしよう。
主人公の友人、もっといえば家族に近い存在であるヒナが学校でいじめを受けた。

いじめを受けるようになった原因は、いじめられていた友人を庇ったからだ。
その友人がいじらめれた理由は、はっきり言えばクラスの権力者が何となく気に入らなかったから。
そんな理不尽な理由でヒナの友人はいじめられ転校することにまでなり、それを庇ったヒナはクラスでいじめられる存在になった。


……これが3月のライオンのいじめの話だ。
結論からすると、これは学校側の介入で一応決着した。
何を持って決着したかというと難しいのだけれど、ヒナが緊張せず柔らかな雰囲気を持てて、終わったと感じるならばそれは一旦決着したのだろう。


ここからは、私の話だ。

私が中学生の時、私の幼馴染がいじめを受けた。
よくある○○菌みたいな扱いで、幼馴染に触った手にがついたという設定で、仲間内でつけあうようなものだった。
なんでそんな扱いを受けたかというと、彼はちょっと運動能力が低く、ちょっと言動が人とずれているところがあり、容姿がそんなに整っていなかった。
いじめの対象になるには、まあ充分な条件なのだろう。中学に進学したころから、彼に対するいじめがスタートした。それが前述した菌扱いだったり、仲間はずれにしたりするような行為だ。


私は、それに対して何もしなかった。
話しかけられれば変わらずに話すし、登下校を共にすることも普通にある。
私に菌が回ってくれば、くだらないと言う態度で止めた。いじめていた連中は、つまらないという風に私を抜きにして再開した。

私は別に、彼のいじめに加担していたわけではない。しかし、彼がいじめられることに対して庇おうともしなかった。
それはやはり、自分もいじめられるのではないか……という部分があったからだ。

ほとんどの人間が、この気持ちを理解してくれるだろう。
クラスでいじめが行われる際、大多数は私と同じような傍観者なのだから。
3月のライオンでも、まさにクラスメイトの大多数が傍観者だった。


ヒナは良い子だ。彼女を本気で嫌う人間は、そんなにいないと断定できる。
もちろん良い子だからこそ嫌い、というのも存在はするのだけれども。

それでも、ヒナはクラスメイトには救われなかった。良い子であるのに、本当に素敵な人間なのに。
なぜクラスメイトが助けなかったか、という理由を考えると、やはり先ほどの自分も標的になるのではないかという部分が一番強いのだと思う。



ヒナに関わるいじめを無くしたのは、学校側の対応だ。
しかしヒナを支えたのは、学校よりも家族だ。
何があっても、最後まで自分の味方だと信じられる人間がいるならば、それは本当に心強いものだ。
救われる、とさえ言っても良いだろう。

結果的にいじめの直接的な解決にはならなかったとしても、主人公の零が彼女を想い彼女のために労苦をいとわず行動する姿は、ヒナにとっては本当にありがたかっただろう。
また家族の、特に祖父がヒナの行為を肯定し、よくやったと褒めたのにヒナは救われたのだ。

正しいと思ったのに、正しいはずの行動がクラスメイトに受け入れられなかった状況で。
ヒナの行動を祖父は正しいと受け入れられたのだ。本当に、本当に嬉しかったはずだ。


3月のライオンやこどものおもちゃなど、いじめの話を目にするたびに、自分はもっと上手くできたのではないかと思う。
幼馴染に対して、何かできたのではないかと今でも考える。

その幼馴染に対してのいじめは、表面的には沈静化した。
過激になったときに、私が先生にチクったからだ。誰が言ったか名前を出さないで……と先生に懇願しながら。

まあ、クラスメイトの大半が私が言ったのを実は知っている。
いじめっ子によるいじめが過激化する様を、クラスメイトはありありと見ていた。
その中で、さすがにやばいんじゃないかという空気が蔓延しだした。

だからこそ、先生に相談する……という私の意見がクラスの中で支持を得た。それで一応解決した。
その後も、いじめていた連中は何事もなく学校にきていた。
幼馴染もきていた。しかし、絶対に学校は楽しくはなかっただろう。


今でも思うのは、私なら何とかできたのではないか、ということが。
運動能力は高く、小学校のとき陸上の全国大会で入賞した。小学校の時に生徒会長をしていたこともあり、中学の同学年の3分の2とは親交があり、友人も多かった。
まじめな生徒であり、先生からの信頼も厚かった……ように思う。
だから自分が本気で頑張ったのなら、救えたのではないかと思ってしまう。

傲慢な考えだとは理解している。きっと無理なのだ。
例え何とかできるような力があるように見えても、当時の私は幼い精神の中学生だ。
物語のように、上手くなんかできない。分かっている。そんな能力などない。

それでも思わずにいられないのは、後悔しているからだ。自分が友人を見捨てたことに対しての。



3月のライオンのいじめは、解決した。
でもヒナは、学校って楽しいと思っているだろうか。そういうものだ、と割り切っている気がしてならない。
その点が、私の中で引っかかっている。そこが幼馴染と重なる部分で、私を後悔させるのだ。

それくらい、3月のライオンは人の心を揺さぶる作品ということなんだけど。凄いなあと読むたびに思う。
いじめとどう向き合えば良いのか。正解は無いのかもしれないけど、考えることは決して無駄じゃない……と信じてる。

結論なく終わってしまったので、最後に話題になったいじめ対策のリンクでも貼って終わり。

この「いじめ対策」はすごい!

あ、最後に絶対見ていないけど私の幼馴染へ。
あのときの不満とか絶対あると思うので、話したいとか吐き出したいと望むならいつでも相手になります。今となって君にできることなんて、それくらいしか浮かばないから。ごめん。

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